本読みたろたろの備忘録

洋書を中心に、読んだ本の内容を忘れないように記録します

Brighouse, Harry, and Adam Swift (2014) Family Values: The Ethics of Parent-Child Relationships, Princeton University Press

概要

・全体で238ページ(注や文献表を除いた本文は、180ページくらい)。注で幅広い論者の文献が紹介されていて、大変有益。邦訳なし。

・家族については、平等主義の観点からの課題と自由主義の観点からの課題がある。前者は、どの家庭に生まれるかによってその子の将来の展望が異なってしまうということで、どうして子供達の間に不平等を作り出すことが許されるのか、また、不平等を作り出すようなことのうちどんなことだったら家族は子供に対してしてあげることが許容されるのかという問題。後者は、子供に親やどこまで自分の価値観を押し付けていいのかという問題。

・これらの課題について、子供も親も家族の関係familial relationshipが形成・維持されることへの権利を有するという理解をした上で、平等主義の観点からの課題については、家族の関係を維持することを目的としているか否かで正当か不当かを区別(夜寝る前に物語を読んであげるbedtime storyや、教会やクリケットに子供を連れて行くのはOK、エリート学校に子供を入れたり、莫大な遺産を遺すのは基本的にはNG。それによってしか家族の関係を維持できないという特別な事情があるなら別)。

自由主義の観点からの課題については、親が自分が何を大切だと思っているか、何が価値があるものと考えているかを子供に率直に話し、子供と共有することは家族の関係の形成・維持の重要な要素であるから、それが子供の自律autonomyや自分で物事を判断する能力の涵養に最終的に結びつくのであれば、親の価値観に子供が大きな影響を受けることは許容される。

 

感想

一般的には家族は私的領域であって、そこには正義が適用されないことを前提にされることが多いように思います。それに異議を最もストレートに提示してきたのがフェミニズムの系譜にある人たち(例えば、Okin, Susan Moller (1989) Justice, Gender, and the Family, Basic Books=山根純佳・内藤準・久保田裕之訳『正義・ジェンダー・家族』、岩波書店、2013年)だったと理解していますが、本書は、こうしたフェミニズムの観点からの家族の批判的検討ではなく(もちろん、これも重要だと本書は言っていますが)、「概要」で書いたようなテーマを論じていく政治哲学の書です。

著者たちが本書の中で何度も繰り返して主張するのは、一方で家族の関係という親密な愛情の関係で育てられることが子供にとって利益があり、他方でそのような関係の中で子供を育てることが親の利益にもなるという、"dual interest" theory of the family。本書の最大の魅力は、この理論によって、親が自分の子供を特別扱いすることで他の子よりも有利な立場に立たせてしまい、そのことで他の子の公正な機会の均等を侵害してしまうのは(どの程度まで)許容されるかという平等主義の観点からの課題と、親が自分の価値観を自分の子供に押し付けるのは(どの程度まで)許容されるかという自由主義の観点からの課題とに、統一的な回答を与えようとしていることかと思います。より具体的な結論は、「概要」で書いた通りで、家族の関係の形成・維持にとって本質的に重要だと著者たちが言う寝る前の物語の読み聞かせや教会に子供を連れて行くことはOKだけど、職業上の成功をもたらしやすいエリート学校に子供を入れることや莫大な財産を子供に遺すことはダメだったり、親が自分の価値観を子供に教えるのは子供の自律に資する限りでOKだったり、といったことを主張しています。

家族が不平等をもたらすものだからそんなものは廃止すべきだというようなラディカルな主張をしているわけではなく、また、自分の子供をどう育てようが親の勝手じゃないか!と言うわけでもなく、直感的にはすごくよく分かる結論ではあるのですが、著者たちの理論が十分に正当化できているかどうかには疑問も残りました。ロールズの無知のヴェールやドゥオーキンの仮説的保険市場といった理論装置を提示するわけでもなく、反照的均衡のような方法論が明示的に示されているわけでもなく、"dual interest" theory of the familyの直感的妥当性と、その考え方を前提するなら、平等主義と自由主義の観点からの課題についてはこう考えますよねという説得に依存したものになっているのではないかという感想を持ちました。そして、後者についても、例えば寝る前の物語の読み聞かせは、もしかしたら西洋ではとってもとっても重要で、これこそが親子関係の中核を形成するものだ!というものなのかもしれないけれども、日本ではそこまでではないように思うし、それが子供の認知的発展に大きく寄与することがよく分かっている場合は、親子関係の形成・維持の観点だけでなく、子供の将来を有利にしたいという考慮も大きく働くのではないか、西洋と文化的背景を異にする日本ではとりわけ後者がより強くなるのではないか、そうすると、結局、子供のことを思って「良い学校」に入学させることとそんなに大きな違いはないということになるのではないか、などと思ったりしました。

重要な問いに正面から向き合っているからこそ、上記に書いたような疑問が残ることもありましたが、育児において、特に規範的な問いに関わる(どういうふうに子供を育てることが規範的に正しいのだろうか?というような)悩みを抱く親にとって、本書は最良の導きの書の一つになるのではないかと思いました。本書は親として子供に愛情を注ぐことがいかに重要であるかということが繰り返し語られることもあり、まるで、「育児書のような政治哲学書」、あるいは「政治哲学書のような育児書」であると言えるかもしれません。